スタンディングみや(でした。)

大阪で元気にやっています!

鰹の夜

f:id:standingmiya:20180712191243j:image

お休みの今日、なんとなく今晩は鰹が食べたく、用意するうちにいろいろ思い出しました。

俳句の投稿サイトに時々投句しています。

なかなか並から脱することが出来ずにいる中、同時に投稿する作文が時々取り上げられています。

下記は何回か前のものです。

兼題は『初鰹』でした。

 

変わった浪人生だったんだと思う。いつまでも両親への寄生に嫌気がさしていた。
進学の意思は捨てずに高校卒業と同時に地元の魚市場の仲買で働き出した。
朝四時に家を出る。
大将の競り落とした魚を集め、冷凍マグロの解体を手伝い、接客、、片付け、掃除が済む頃には昼は回っていた。
キツく危険で綺麗じゃ無いの3Kに加えて、朝は早く、水はつめたいで、先輩方の給料は年齢の割には良かったようだ。
でも若者に必要以上の金は持たせ無い方がいい。
パチンコ、競輪、競艇オートレースと一通りの課外学習があった。
でもまだ多少の真面目さの残る十代であった。
向かぬ賭け事は遠慮させてもらった。
あとはひたすら夜の座学に参加させてもらった。
酒を飲みながらの人生勉強である。
毎晩零時前の帰宅、3時間程度の睡眠の毎日だった。
2年目に入ったちょうどこの時期に、大将の家での宴会に呼んでもらった。
普段は目にするだけで私の口に入る事の無かった高級魚たちを腹一杯食べさせてもらった。
生の白身魚の美しさ、甘さを知ったのはこの頃であった。
この時に初鰹の握りに出会った。
脂の乗り過ぎて無い鰹の身とまだ温かい酢飯との取り合いが絶妙だった。
本当に美味かった。
女将さんは私のその顔を見逃さなかった。
帰りに寿司桶に私の両親の分よと、寿司を目一杯詰めて帰りに持たせてくれた。
もちろん初鰹の握りもだ。
生まれて初めてのひれ酒も頂き自転車の荷台に丸い寿司桶をくくりつけてもらい、私はふらふらと帰路に就いたがすでにその時には記憶は無かった。
寿司は当然両親の口に入ることは無く、すべてを知ったのは二日後だった。
穴があったら入りたかった。

若き日の初ブラックアウト初鰹

まだ純真な十代、忘れることの出来ない思い出である。

 

f:id:standingmiya:20180712193555j:image

ミスマッチですが、チンゲンサイも美味かったです。