おしろい花
雨の中、おしろい花がその水滴を重そうに受けてうな垂れています。
以前母から聞いた話を思い出しました。
長く看護師をやっていた母はある時期大きな公立病院の精神科に勤務していました。
私は小学生低学年、半世紀も前のことです。
当時の精神科病棟は出入り口にも各窓にも鉄格子がはまっていました。
今では想像もつかない限られた人間しか入ることの出来ない閉鎖された病棟でした。
ここに何度か母に連れられて行きました。
母は私の偏見を無くしたかったようです。
もちろん子供なんかいません。
子供ながら場違いではないかと思ったものです。
今考えれば偉い母親でした。
そこにはいつも真っ白な顔をしたおばあさんがいました。
おしろいで真っ白なのです。
帰って母に聞きました。すると母は一生のうちに塗れるおしろいの量は決まっているのよ、と言いました。
若い頃はしたい化粧をすることも無くひたすら働いてきた方なんだと。
そして、楽しい思いをすること無くとんでもなく辛い出来事があって今にあるんだと。
あまりに説得力がありました。
それが真実か否かよりも母の語った物語があまりに真実味を帯びてていました。
それからしばらくして母は配置替えで小児科に行ってしまいました。
今でもあのおばあちゃんの顔が私の記憶に薄っすらと残っています。
おしろい花が枯れ、そのあと出てくる緑色のタネが黒く変わっていく頃にいつも思い出す話です。
ひょっとしてどんなものにも規定量はあるのかも知れません。
私の酒量もそろそろ規定量に近づいているかも知れません。
そんなことを考えながら梅雨の一日を過ごしました。