スタンディングみや(でした。)

大阪で元気にやっています!

ようこそ

阿倍野の片隅で始めた店、2017年5月に閉店しました。

一部は当時のままこのブログを再開しています。

これからもよろしくお願いします。

2017年10月

もと店主

大阪東武育会 阿倍野道場

合気道道場のご案内

旧コンテンツ

店主挨拶  お店の場所はこちら
飲み物のメニュー

広告を非表示にする

ミートソース焼きそば

f:id:standingmiya:20180713204047j:image

こんなのを食べた事がありますか?

私が食べたのは50年前でした。

その後ありそうでなかなか出会った事はありませんでした。

ネットで検索すると新潟県長岡市ソウルフードで同じものがあるそうです。

しかし私の出会いは品川の戸越銀座でした。

たぶん幼稚園児だった私はその頃母、兄と何度か東京に滞在しました。

兄の病気の検査のためでした。

毎回戸越のアパートに住む伯母一家の部屋での居候でした。

日本全体がまだまだ貧しい時代だったと思います。四畳半一間に伯母夫婦、娘二人で生活している中に私たち三人で世話になりました。

夜は布団が出払った押入れに私一人だけのびのび寝かしてもらいました。

家では絶対観ることの出来なかった『キーハンター』を押入れからドキドキしながら初めて観ました。

狭いながらも楽しい我が家、なんて今は誰も使わない言葉となっていますがそんな感じのなんだか楽しい東京滞在でした。

しかし日中、母が兄を連れて都内の病院巡りをしている間は先の見えない不安と寂しさで一杯でした。

そんな私を従姉の道子さんが気遣ってくれ、いろんなところに連れていってくれました。

その中の一軒が戸越銀座商店街の大衆食堂だったと思います。そしてそこにあったのがこのミートソース焼きそばだったのです。

道子さんと妹の信子さんは美味しいものをたくさん知ってました。

当時から二人はそれを身体で物語ってました。

母の手料理が中心でそれまで生きてきた私には伯母さん宅の料理だけでも自身の料理に対する了見の狭さを知り、外で食べさせてもらう初めての食べ物たちに敬服しました。

道子さんはその後栄養士となり東京都の子供たちの体づくりに半生を捧げました。

 

とにかくその時食べたミートソース焼きそばはとんでもなく美味く、東京で一人残された私の不安を吹き飛ばしたのでした。

料理ってこういうことなんでしょうね。

幸せを感じさせる、これなんだと思います。

 

家内が一人夜の稽古に向かったあと、私は明日に備えて一人でこのミートソース焼きそばを作り、彼方の昭和を思い出しながら懐かしい味を口にしたのでした。

 

広告を非表示にする