梅田の夜
久しぶりにお会いする先輩方と久しぶりに行く店で待ち合わせをした。
もう二十年にもなろうか、堂山町にあるこの店で過去いろんな話をしてきた。
一見の客を見る事はない常連ばかりの店である。
歳を重ねる毎に誰もがそんな居心地の良い場所を求めるようになるのだろう。
いつものようにビールを飲み、酒を二杯、カウンターのおばんざいを頂く。
不思議だが、ここに来るといつも中身の濃い話になる。
昨晩も違わずそんな夜となった。
もともと目的があるからそうなるのか、はたまた場所がそうさせるのか、不思議な夜であった。
そのあともう一軒行った店の焼酎がまだ頭に残っている。
ボンヤリした頭で昨晩のことを考えながら今日がスタートした。
朝の儀式
朝一つ雷鳴を聞き目が覚めた。
早い時間である。
歳をとり早くに目が覚めるのは体力が落ちて眠りが浅くなっているからなのかわからぬが、私の場合、割と若い頃から早起きだった。
早い時間が好きであった。
本を読む、考え事する、手紙を書く、部屋を片付ける。
要は自分の時間である。
朝早くから一日の活動の準備をしていた。
目下主に時間をかけているのは、一年以上手伝いをしてきた仕事の方向転換である。
産みの苦しみがずっと続いている感じなのである。
手伝いというところが苦しみの原因であり、自ら手を下せないもどかしさがある事は最初からわかっていた。
子供を育てるのにも似ていないことはない。
しかし、子供は最後の最後まで放り出すことは出来ないが、仕事の方は私がその気になればいつでも放り出せる。
それが出来ぬ今、ストレスを感じている。
ストレスを感じながら弁当を作ってみたりする。
私にとって料理は精神のバランスを取ってくれるサプリメントかも知れない。
全く違う脳が動いているのがわかる。
そしてしばらくその切り替えが持続出来ると新しい考えが頭に浮かぶ時もある。
美味しいものを食べてストレスを忘れている時もある。
料理は回りの人ばかりでなく、自身も幸せに満たしてくれる私のサプリメントである。
今日も一日がスタートである。