『武蔵大学 アイキドール』
大学での思い出である。
所属していた合気道部には実は女子部員もいた。
なのになぜか私たちの代は男三人だった。
下には各代女の子が入り、私は正直どう扱っていいのかわからなかった。
殴る蹴るが無い代わりに百畳の畳をうさぎ跳び、アヒル歩き、膝行(合気道で正座から立ち上がらずに膝を使って移動する動き)で回る罰があった。
稽古終了後先輩から呼び出しがあり正座のまま、私たちの犯した罰に値した行動を叱られる。
そして十単位の数字を申し付けられる。
『十、十、十』ならばうさぎ、アヒル、膝行を各十周道場を回るというわかり易い罰であった。
必ず連帯責任でもあった。
五十ずつ回ると膝は剥けて道場は血で染まり、翌日足はガクガクであった。
百だと朝までかかったような記憶がある。
考えてみればバカなことをしていたものである。
でも学生でなければ出来ないことであり、それによって私たちは人間となった。
私たちもそれをやらせる立場にもなったのだが、どうやらせたのか記憶にない。
五、五、五という休憩時間にでも済ませれそうなのも途中登場したような気がするが、女子部員用に出来たのではなかったか、と思う。
案外そんなところは常識のある合気道部だったのである。
私の女子部員の思い出は些細なことである。
一年下に何でこんな子が入ってくるんだと思えるおとなしい女の子だった。
でもその子が一番筋が良かった。
でも私が憶えているのは稽古ではない。
彼女に部の備品を買いに行かせた時の事だ。
必ず領収書をもらってこいと伝え、彼女はその通りにした。
さらりと渡すその領収書を見て一瞬たじろいだ。
あて名に『武蔵大学アイキドール』と書かれていたのだ。
目にして一瞬ためらったがそのままもらった。
彼女を見たら腑に落ちたのである。
文房具屋のオッチャンはきっとテニスのサークルくらいに思ったのだろう。
今も彼女とはやり取りがある。
彼女も五十代後半である。
いいお母さんになっていることであろう。
そのうち顔を見ながらそんな昔話をしたいものである。