考え事を考える
考え事をためる癖がある。
明日出来ることは今日しないからであろうと自分で分かっている。
そしてたまってきた考え事が原因で、漠然とした不安に襲われる時がある。
分かっていたら改めればいいのだろうが、それが『癖』なんだろうと思う。
いつもそんな時は気になっていることやミッションを紙に書き出す。
一つずつ考えると「な〜んだ」って感じで漠然とした不安は無くなり、それから動き出したりする。
代議士秘書の事務所に行くと持参した問題は即座に片付けてくれた。
電話一本するだけであるから自分が動くわけではない。
それにしてもその捌きの速さには驚き、見習うべきだとも思った。
数が多いからそんなふうに片付けないととんでもないことになってしまうのだろう。
逆に最後の最後まで結論を出さない人間がいるどんな事でもその終焉に近づけば正確な答えが見えて来る。
でも、それでは舵取りの意味が無いと思う。
私の癖はそれに少し似ているかも知れない。
意識し考え事をためて無意識の中で考えている。
だから忘れてしまうわけではない。
よく夢の中で考えていることがある。
よく言えば熟成させている。
家族がいる、母・兄がいる、仕事がある、自身と家内の人生がある。
年齢を重ねることは考え事が増える事だと思うようになった。
死ぬまで考え続ける事、死んでも解決出来ない事もあるかも知れない。
周りから見ると問題を増やしながら生きているように思われるかも知れないが、実は以前よりもずいぶん楽になっている。
年齢とともに難解な問題の原因はほとんど人間だという事が分かった。
考え、自分で気付くまでは本当に分かった事にはならないだろう。
誰でも考え事は少なく、出来れば無い方がいいと思うだろう。
でもそんな人間はいないだろう。
考え事はあった方がいい、なぜ考え事があるのか考えたらいいと思う。
考え事には意味があるという事がわかれば本当の結論が出てくると思う。