兼題『蒸鰈』むしがれい
いつもの俳句投稿サイトの発表の週である。
季語は数え切れないほどあり、その季節を表す語である。
そして、生き物であり、廃れる季語もあり生まれる季語もある。
話題の『コロナ』、噂の『コロナ』、数多く行事があり、大きく季節の移り変わる『春』日本の話題も噂も独占した。
この春を限りに姿を消してくれたら俺が春の季語になれるよう全力をあげて推薦してやる。
だから無くなれ!
(何処に推薦したらいいのか分からないけど)
本日は俳句投稿サイトの『お便りコーナー』の日、いつも驚くほどたくさんのお便りです。
その中のひとつ、私の文章です。
◆今週のオススメ「小随筆」
お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪
●海の旨みが十分に染み込んた蒸鰈は焼くとふっくらして塩の旨さと白身の甘さがなんとも言えない。
家内は白飯と言うが私は何と言っても日本酒、それも夏でも熱燗である。
蒸鰈ではないが、魚は蒸したものが一番美味いとかつて歳上の女性に教えてもらった。
もう四十年も前のことである。台湾に血のつながらぬ母がいる。
只今御歳93歳、名前は黄絢絢(コウケンケン)私の母の親友である。
看護師同士の二人は五十年前のケンケンの研修による来日でお互いの恵まれなかった生い立ちの共通点から深いつながりを持った。
私は17の歳で一人台湾に渡航した。
と言ってもたった二週間であったが。
大学に行く意味を見いだせないでいた私は高校を卒業したら中華のコックになりたかった。
大学四年間を台湾に行かせてもらうつもりであった。
そんな私に母は高校を休んでケンケンの所へ行って来いと言った。
四月の台北は雨季に入っていた。
市内にある松山空港に夜独り降り立った。
湿潤な空気のロビーには数年ぶりに会うケンケンが手を振って立っていた。
二週間、ケンケンに諭され、説教された。
そして忙しい合間を縫って観光や食事にも屋台から圓山大飯店まであらゆる場所に連れて行ってくれた。
料理店での体験学習もさせてもらった。
その時私には子ども心に中華料理店を経営して障害を持つ兄をそこで働かせたいという考えがあった。
本当に子どもの考えであった。
その時、ケンケンに聞いた魚の食べ方である。
日本でならば鮮度の順に一番は間違いなく『造り』となるであろう。
それが中華料理では一番は『蒸し』だと教えられた。
そして『造り』続いて焼く煮る揚げるの加熱になるそうだ。
香草とともに蒸された白身の魚は美味かった。
塩だけの味付けであるのは私にも分かった。
強い火の上で中華鍋を振るばかりが中国料理でないことを知らされた。
それから数年後まだ考え定まらぬまま東京の大学に通っていた。
そこで間違って合気道を始め合気道部で『寝たきり親父』あらため『チームすそのりょういち』あらため『ねずみ男』の後輩となった。
そして中華料理とは縁が切れず、先輩に紹介されて先輩とともに大学の近くの中華料理屋なのに『墨国』というヘンテコな名前の高級中国料理店でしばらくアルバイトをした。
皿洗いが中心であったが、最後の頃にはラーメンを作らせてもらったりしていた。
高級なアワビもフカヒレも干物である事、広い中国では内陸で生の海魚など食べれないから考えれば当たり前のことであるが教えてもらう事には新鮮な事が多かった。
蒸し器の上のセイロからいつも湯気が上がっており、注文が入ればすぐに料理にかかれる。
ここでの餃子は冷蔵庫から取り出した生餃子を一度セイロで蒸して中華鍋で焼き目を付けてお客さんに出していた。
厚めの皮はふっくらして旨い餃子であった。
『ねずみ男』先輩のおかげでいろんな勉強が出来た。
今回の『蒸鰈』、蒸して干すなんてのは最高の贅沢品である。
海水を呑み込みエラから吐き出しながら海の滋養を取り込んだカレイのその白身は天日のもと海の凝縮になり変わる。
それを焼き、喰らい、呑む。
生きていてよかったと思える瞬間である。/宮島ひでき