兼題『蟬』
知人からもらった高級食パンをサンドイッチにしながら体調の悪さを感じている。
例年はこれくらいの暑さならばクーラーのスイッチを入れる事はないのだが、机に向かう両肘辺りのベタつきが気になってクーラーはずっとフル回転だ。
いつまでも暑さに慣れることはない。
これに睡眠不足が加わっている。
サンドイッチとともに、夏野菜のスープで元気を出そうと思っている。
今週もいつもねずみ男先輩とともに投句している、俳句投稿サイトの発表がある。
本日のコーナーで取り上げられた私の文章である。
俳句はいつになっても冴えることはない。
◆今週のオススメ「小随筆」
お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪
●今日また私の記憶再生装置は動き出している。
思い起こせば驚くほどの時間が過ぎている。
39年前の夏に私とねずみ男先輩は長野県北安曇郡白馬村神城にあった民宿『大わで荘』にいた。
七泊八日で毎年行われる大学合気道部の夏合宿であった。
夏の苦しい思い出しか白馬に持たない私たちに民宿のご主人からは冬にいらっしゃいと毎回言われ、よろしくお願いしますと言っていたその約束は果たすことなくご主人は他界し、宿は白馬の震災で無くなってしまった。
宿の裏手の山中に道場はあった。
開け放った窓からトンボが私たちの稽古を見学に来るような緑の中の道場だった。
稽古などするのがもったいない環境だった。
それなのに普段以上に厳しい稽古が行われた。
午後の稽古の終了時間に近づくとさすがに信州白馬の空気はひんやりしてくる。
先輩に投げられ、畳に転がっているといつのまにか昼間のうるさいクマゼミの声は東京で聞くことの出来なかったヒグラシの声に変わっていた。
このまま時間が止まってしまえばいいと思いながら畳の上に転がっていた。
澄んだ空気、美味い水、アルプスの山々、見渡す限りの緑、どうしてこんなに環境の良い中で合宿を行うのかが不思議だった。
しかし、この高環境はかえって私たちの緊張を高めケガをする事も無く、通常では有り得ないような厳しい稽古に耐えれたのかも知れない。
合宿前稽古の前には合宿費用を稼ぐための団体アルバイトもあった。
当時の私たちにはかなりの大金を学業の時間を削って作り、白馬で使い果たして自分の心身に鞭打った。
学生だったから出来たことである。 徐々に記憶は薄れていき、懐かしさばかりが心の隅から湧き出てくる。
もう二度とあんな気持ちでヒグラシの声を聞くことはない、かりに大わで荘が残っていてももう私にはあの頃のような純粋な心は持ち合わせていないからだ。
物理的に同じシチュエーションを作れても同じようには聞こえない。
やはり私たちは心で聴いているのであろう。
ヒグラシは私にそれを教えてくれた。
/宮島ひでき