ペンと檸檬
ペンにはずいぶん前からこだわりがある。
持ちやすさと書きやすさである。
でもよくよく考えたらここまで至ったもっと違う理由もあった。
隔週の俳句投稿サイトの発表の週であった。
今回もまた私の記憶の引き出しを引く兼題であった。
◇兼題『檸檬』れもん◇
◆今週のオススメ「小随筆」
お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪
●故あって7年前に大阪の八尾に居を移した。
JR八尾駅まで自転車で7,8分、7年間通った道沿の畑のすみにレモンの樹が植えられているのに気づいたのは去年のことである。
恥ずかしながら日本国内でレモンの出来るのは瀬戸内などの温暖な気候の風光明媚な場所だと勝手に決め込んでいたから驚いた。
知れば気になり、毎日自宅と駅との行き来の途中レモンの濃い緑が鮮やかな黄色に変わっていく姿を観察した。
黄の濃さが増すごとに私の頭の中で『レモン』は『檸檬』へと変わっていった。
時間は30年近く前に飛ぶ。
社会人になった私はゼネコンの営業マンとなった。
そして生まれて初めての京の都に赴任した。
私の目に入った京都は右も左もきらびやかで歴史ある観光地京都であった。
しかし、私の営業エリアは日本海に近い北の京都と奈良の県境に近い南の京都であった。
赤い光青い光とは程遠い京都だったのである。
会議のため、たまに立寄る京都市内のお気に入りの場所は河原町にあった丸善であった。
梶井基次郎の『檸檬』の舞台になった丸善京都本店は私にとっても梶井基次郎のように儀式の場だったのである。
格好付けにいつも文庫本か新書本を持ち歩いていた高校時代、文庫本の薄さと表紙の黄色い檸檬が目にとまって買った『檸檬』、内容よりもいまだにその表紙の黄色い檸檬が記憶に残っている。
開店直後の人のいない本棚の間を歩き、センスの良い文房具をながめ、手に取り、安いボールペンやシャープペンシルを必ず一本求め会議に向かった。
向かぬ営業をし、辛い会議に挑むための私の儀式だったのである。
『レモン』が『檸檬』に変わる頃、若かかりしあの頃の酸っぱい感情がよみがえる。/宮島ひでき