住む場所で思うこと
大阪はこれから気温が下がり、陽の落ちる頃には0度と遅い時間に冬日を迎えるのではないだろうか。
夜に向かい気温が下がるのはなかなか前向きな気持ちになれない。
しかしながら大阪はまだいい。
大阪では寒さを堪えるだけで明日は来るが、大雪と戦っている各地ではそんなわけにはいかない。
山形の従兄は毎日の除雪や毎年の雪囲いや春の撤去が大変だと言っている。
横手に住む以前同じ職場にいた女性は毎日マイカーの雪をかきおろして命懸けで運転して通勤しているようである。
吹けば大風、降れば大雨に加えて大雪に吹雪である。
地域によってこれだけ違いのある日本を広いなぁなどと呑気なことを言っていたら叱られてしまいそうだ。
しかし、どうしてこれだけ皆分散して住んでいるのだろう。
どんな山奥にも、離島にでも人は住んでいる。
まずはもともと住んで来た土地、先祖伝来の土地ということが一番の理由で、次は実家を離れ赴任した先に定住するということが多いのかも知れない。
時々聞くことはあるが、個人の好みで移住したというのはまだまだ少ないのではないだろうか。
社会人となったゼネコンでは毎年、勤務先の希望調査があり、私は第一に北海道、第二に九州としていた。
本社の人事部からなぜだと聞かれたが「日本全国同じ給料ならば、生活したことのない所に行ってみたい」と答えた。
どうせならば空気も水も景色も良い土地に住みたいと真剣に思っていた。
今回のリモートワークが根付くのならばそんな希望が多くてもおかしくないかも知れない。
今大変な北の国にはその大変さに見合うだけの何かがあるのだろう。
水も空気も景色もそうだ。
その土地独特の時間の流れ方もあるのだろう。
いろんなことを加味して年間を通じてみればどこの土地も平均されているのかも知れない。
でも、これは本当に体験しなければ分からないことかも知れない。
引越しの多かった私がこれまで住んで来た何ヶ所かに順番を付けろと言われれば付けることが出来るからだ。
そしてそれはともに住んで来た家人の考えとは必ずしも一致しないだろう。
やはり個人の好みが一番になるのかも知れない。
まぁ、『住めば都』としておくのが一番無難かも知れない。