懐かしい時間
転居した自宅のすぐそばに銭湯がある。
行ってみたいと思いながら半年近くまだ行ってない。
東京にいた大学の四年間は銭湯通いだった。
それが当時の普通の大学生の普通の生活だった。
合気道の稽古の無い早い夕方に行く銭湯はいいものだった。
まだ床のタイルの乾いた浴場は気分が良く、銭湯での出会いもあり、出会ったオッチャンらに酒を飲ませてもらった事もある。
昭和のいい時代であった。
私の記憶に間違いが無ければ、その頃東京駅の八重洲口の地下に銭湯のような風呂があった。
24時間やっていたように思う。
築地でアルバイトをし、朝ここで汗を流して新しいアルバイトの面接に行った。
京都タワーホテルの地下には今も大浴場がある。
ここも早い時間からやっていたと思う。
朝まで飲んで大阪支店での会議に行く前、酔いを覚ましたことがある。
風呂は嫌いではないのだが、この東京と京都の風呂の両方で嫌な思いをしたことがある。
早朝の空いた時間、足を伸ばして湯に浸かっていると広い風呂なのにわざわざ私の近くに来るヤツがいる。
嫌な予感がしていると真横に来て私の太ももに手を伸ばしてきた。
「あぁ、」と思い、そのまま立ち上がり浴場を後にした。
浴槽に残った鼻を押さえたオッサンのまわりの湯は赤く染まっていた。
当時は今よりも色が白く、山形出身の母と同じくもち肌だった。
「宮ちゃんは狙われるわ」とある人に言われた事がある。
私はわざわざ人の少ないそんな時間にやって来るそんな男が許せなかった。
今となれば懐かしい思い出である。
白髪頭の六十歳、もうそんなことはないだろう。
銭湯の広い浴場で響く湯の音を耳にしながらのんびり湯に浸かってみたい。
上がって缶ビールでも飲みながらテレビの相撲中継でもボーッとながめてみたい。
そんな時間がしばらく無かったように思う。
そんな時間が妙に懐かしく思える最近である。