コタツの無い生活
寒の戻り、きれいな日本語だと思う。
風は頬を刺すまで冷たくない、やはり春はそこまでやって来ている。
コタツの無い生活を送るようになってずいぶん経つ。
学生時代の下宿生活では必需品だった。
春夏秋はテーブル代わりになり、物を持たない生活にはちょうどよいものであった。
しかし、子どもの頃ダラダラと生活するのにはコタツは本当に重宝だった。
コタツにいればそばを通り過ぎる母に用事を言うことが許され、インスタントコーヒーも持ってきてもらえ、横になってウトウトしても叱られる事はなく、毛布まで掛けてもらえた。
猫の冬の定宿にもなり、私は先に陣取る猫に遠慮して足を伸ばさなければならなかった。
コタツを置いて暖房まで入れることはなかったと思う。
腰は痛くはなるが、頭寒足熱で具合のいい作業机にもなった。
家族がそこに集まり、団欒の始まる安上がりな素敵な生活用品だと思う。
だが、私には一つだけ、足が汗でネチャネチャして来るのが嫌だった。
寝る前には冷たいのを我慢して風呂場で足を洗ったものである。
日本の文化でもあり、利点もたくさんあるコタツであるが、そのネチャネチャが私に昔を思い出させる。
そして、その記憶が私にコタツを遠ざけさせたのかも知れない。
https://standingmiya.hatenablog.com/entry/2018/12/05/114822