スタンディングみや(でした。)

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雨 の検索結果:

恵みの雨

恵みの雨と思えればよいのだろう。 出掛けや出た直後に雨に降られることが多い。 正確には『多いような気がする』かも知れない。 嫌な事が強く記憶に残っているだけかも知れない。 しかし、自宅のビニール傘の本数を見るとそうでもないようである。 家内にはスマホで降雨状況を見てから出たらいいと言われるが、自分の五感を信じたい。 それが今の傘の本数であるならば、私の五感はかなりの老朽化ということかも知れない。 最近のビニール傘の出来は良い。 歩いていても周りがよく見えるし、なによりも失くし…

春の予感

…いを運んで来ます。 そよ風が優しく叩いて行く雨戸の音さえ不快に感じることはありません。 そして裏の山本さんが若ごぼうを運んできてくれます。 年齢とともに身体機能は劣化して五感は鈍感になっていくように思いますが、そうではないのが不思議です。 年齢が積ませた経験がその瞬間を待ち構えているのかも知れません。 繰り返して続けてきた稽古による咄嗟に出る技と同じかも知れません。 また一巡してやって来た春、待ち焦がれようとも、待たずとも春はかならずやって来ます。 今年も春はやって来ました。

雨の道明寺天満宮

…した。 去年に続いて雨、お子さん達を引率する関係者、ご父兄は大変です。 菅原道真公に嫌われる誰かがいるかも知れないなどと考えながら仲間と二人参道を歩きました。 雨の中の演武は久しぶりでした。 腰も膝も鳴き声をあげ、パッとしない演武を道真公に奉納させていただきました。 34歳になったという彼と久しぶりに再会、彼が高校生の時に一緒に舞台に上がりました。 もう二十年近くも前の事です。 彼も今では二児の父親です。 子育てが一段落して、チビ達と合気道を再開したいと言ってくれます。 忘れ…

雨上がりの通天閣

…に挑戦するには勇気がいる。 だから責任も感じる。 会員さんたちがいつまでも楽しく面白く思い稽古を続けてくれたらいい。 そして、武道である。 多少の強さへの憧れもあるであろう。 心でも身体でも何かを掴み取ってくれたらいい。 十年やれば何かを掴めると思う。 私も何かを始めるならばもう時間が無い。 などと考えながら道場としてお借りしているレンタルスタジオ『Join』に向かう。 雨上がりの天王寺、通天閣がいつもよりきれいに見えたのは気のせいなのか。 しばらくは合気道に専念するだろう。

冬の嵐

…らいいと思う。 ご両親を目の前にしたら、その時は現実である。 先を見通し、考えていかに公の力を使って乗り越えていかに自分が楽をすることが出来るか考えなければならない。 ご両親、ご家族は腹を立てることはありませんよ。 だって最後までそばにいてくれるのはあなただけなのですから。 強い雨風もなんのその、新幹線の快適な車内で缶チューハイを飲みながらスマホを片手の私を天国にいるかも知れない父は微笑みながら見ていてくれていると思うのである。 冬の嵐の中、田原の菜の花の黄色はもう春だった。

雨の朝に思う事

雨音で目が覚めました。 天気予報通りの雨です。 乾き切った大地にも空気にも湿り気を与えて今日は落ち着いた一日を送れることでしょう。 それにしても寒くないメリハリの無い冬です。 雪が無く困っているスキー場、例年見込んでいる除雪作業が無く困っている建設会社がニュースに出ていました。 天気に左右される仕事はこの世の中に案外多いものです。 一次産業の農業、漁業、林業は分かりやすいです。 間接的なスキー場や建設会社の除雪の仕事も考えたら分かります。 ゼネコン時代には天候で作業が中止とな…

雨の朝

…けを見た翌日は朝から雨だった。 サラリーマン時代、雨の日の朝は憂鬱だった。 スーツで革靴、傘をさしての通勤を考えるだけで天国の布団の中から抜け出すのは至難の業であった。 30年前、ゼネコンで営業部へ移ったばかりの時、上司に恐ろしい部長がいた。身体が大きく、いつも怒っていた。カラダに悪いんじゃないかと心配になるくらいいつも怒っていた。 その部長は雨の日が嫌だと言っていた。 足元が濡れるのが嫌だと言っていた。 少し痩せれば傘に身体が収まるのになぁといつも思っていたが、私と同じよう…

冬の雨

久しぶりに雨降りでした。 さほど寒くなく、空気は適当に湿り、過ごしやすい一日でした。 年末を肌で感じながら終日部屋の片付けです。 そんなことにはもってこいの一日でした。 脳は普段以上に動かず今年何をしたかと振り返りつつも、出るのはため息ばかりでした。 今晩は早仕舞いして寝ることにします。 明日は大晦日、ゆっくり今年も暮れていこうとしています。

雨の日のスーパー

久しぶりの雨。 乾いた空気を癒してくれる。 インフルエンザも少し元気を無くすのだろうか。 家内と久しぶりに近所の大型スーパーにやって来た。 平日ということもあるのだろうが、それ以上に雨の影響が大きいようだ。 いつもは混み合うレジの女性方は暇そうにしている。 こんな日は時間が経つのが遅く、帰ってからの子どもたちや旦那の晩飯の仕度の事で頭はいっぱいなのだろうか。 時間の経つスピード感はその時の環境や精神状態で変わる。 同じ空間にいて同じ時間を過ごしていても客と店の人間という立場の…

ひと雨ごとに寒さは増し、

ひと雨ごとに寒さは増し、本格的な冬は近づいてきているようです。 駅まで来るともうダウンを着た人がちらほら、寒いといってもまだそこまでではないような、この先どうするんだろうと思ってしまいます。 まさか、冬眠するなんて事はないでしょうが。 師走が近づき思い返すと今年もいろんなことがありました。 年齢とともに増えていく永遠の別れ、若かった頃とはその捉え方が変わってきているのが分かります。 若い頃はただひたすら悲しかったものです。 これは死というものを理解が出来なかったからであろうと…

風呂敷二代目結雁金

…毎日を過ごしている最近です。 パソコンからの情報は偏っているように思います。 座りっぱなしもカラダに悪いです。 便利もたくさんありますが、やはり人と会うことが一番ですね。 季節も良くなりました。 人と会い、歩きながらモノを考えるそんな生活に戻ります。 今日の通天閣です。 明日の天気は雨です。 みんな分かっていることですが。 通天閣の一番上で天気予報してるんですよ。 水色二つで雨です。 赤、白、水色の組み合わせです。 興味のある方は調べてみてください。 さあ、これから稽古です。

八尾の新米と俳句の頭

…な熱帯のジャングル、雨季と乾季しかない乾燥地帯、長い昼と長い夜のある極寒の地、もちろん当時はインターネットなんてありません。本にある一枚か二枚の写真で想像を膨らませるしかありませんでした。 それでも当たり前に生きてきたこの四季を特別に感じはしませんでした。 しかし、今事あるごとにいろんなことを思い出すきっかけは春の訪れを感じる日差しであったり、夏の熱く湿った空気であったり、瞬間でその訪れを感じさせる秋風だったり、身動きもしたくなくなるような冬の冷たさだったりしました。 すべて…

陽は落ちて

…は雷鳴の下、大つぶの雨がこれでもか、これでもかとガラスの屋根に打ちつけるのを飽きることなく見ていました。 今日の日中はまだ暑かったですよね。 なかなか秋らしくなりませんでした。 しかし、出かける時には陽は落ちかけ気温は下がり、帰りの遅い時間の冷え込みを予感させました。 やはり季節は変わりつつあります。 涼しくなったらやろうと思っていたことがいくつかあります。 秋は短く、いきなり暗く冷たい冬がやって来てしまうかも知れませんが、なんとはなしに心がざわざわし気持ちは落ち着かなくなっ…

兼題『竜田姫』

一雨ごとに秋は深まりゆきます。 秋雨に趣きを感じてこの季節を楽しまなければならないのでしょうが、出がけの雨は嫌なものです。 いつもの俳句投稿サイト、兼題は『竜田姫』でした。 俳句は『並』でした。 時々『人』ではなく、早く本当の『人』に近づけるようこの落ち着いた季節に真剣に取り組んでみたいと思います。 兼題『竜田姫』 竜田山のふもとの診療所に通っていた。 どこかが悪かったわけではない。 省エネルギーの新しい設備の設計提案の営業に行っていた。 それが私のサラリーマン人生最後の仕事…

夏の終わりの蝉時雨

…ンドルを握った。 大雨の警報が出ている奈良県から三重県を夜明け頃に通過、ひさびさに恐ろしさを感じる雨の中、大型車両に挟まれて名阪道を東に向かった。 朝早くに母のグループホームへ到着。 母は自分の食事の前でテーブルに頭をつけて眠っていた。 食べなくとも必ず三食を他の皆さんと共に食卓につかせてくれるここの施設のやり方に共感している。 母の世話をしていただく方は大変だと思うがこのメリハリが脳にもいい刺激を与えているんだと思う。 低空飛行を続けている母は経口栄養剤で生を保ち続けている…

雨の夕方

…違いない。 あの頃は雨が嫌であった。 梅雨からまだ暑さの残る秋の長雨までジメジメした部屋にいるのが嫌であった。 クーラーなど普通の家庭にはまだなかった。 兄と一台の扇風機を取り合い、よく母に叱られた。 並んで兄の体温を感じながら扇風機の前に座りたくはなく、首振りなどはもっての外であった。 いろんなものを取り合い、兄とはケンカしたものであった。 しかし、数あるケンカの中でもこの扇風機の取り合いは、大汗をかく本末転倒の不効率な戦いであった。 夕方、出掛けに雨が降りだした。 そんな…

秋の訪れ

…来た。 秋風ではなく雨風だったのであろうか。 兼題《鰯雲》 またこの時期がやって来るのだ。 初めて経験、意識したのは中学三年の時だったと思う。 だるく退屈な夏休みは終わりに近づいていた。 今より朝夕は涼しく、季節にメリハリがあった。 『暑さ寒さも彼岸まで』がまだ死語となる前のことであった。 夕刻に近い午後、自宅より豊橋駅前にある精文館書店に向かって自転車を走らせていた。 一級河川豊川沿いの旧国道1号線、昔の東海道を30分程の道程だ。 その日のその瞬間を私の肌は覚えているのであ…

そして今日がある

…いくらでもあった。 雨が降ると水たまりは子どもたちの遊び場となり、乾けは砂ぼこりが舞う今より本来の地球に近い道だった。 この時期そんな道を歩いて風でも吹けば半ズボンから突き出た足もランニングの肩から先の汗で湿った腕も瞬く間に砂ぼこりで真白くなる。 そして時間とともに茶色に変色していく様は、きな粉の団子を私に彷彿させた。 その頃で戦後二十年くらいであろうか。 戦争で生きては帰ったものの働くことの出来なくなった体で白い着物と日本軍の帽子を被った傷痍軍人を駅前で見た。 母から説明は…

夏は来ぬ

…やってきました。 梅雨より暑い夏がいいですね。 JR八尾駅近くの渋川神社は夏祭りの準備で夕刻に近い午後には周囲はわさわさし始めていました。 合わせて私の心もわさわさ動き出します。 暑い夏の夜の盆踊りのある夜を思い出した。 以下はいつもの俳句投稿サイトに去年の今頃取り上げられた文章です。 兼題『踊』おどり 盆踊りは汗をかく。ベタついた肌の気持ち悪さばかりを記憶に残すのは私だけであろうか。五感で残るのはきらびやかな舞台の装飾の美しさや夜の自由を約束される心浮き立つお囃子の音色では…

雨の通天閣

さて、昨夜は合気道の稽古の日でした。 夏休みを控えて昨日が終業式だったそうです。 そのためか子供たちはお休みが多く、子供たちは小学五年生の男の子一人きりでした。 一般の稽古に入ってもらい一緒に稽古しました。 普段はなかなか話をする時間は無く、ちょうど良い機会だと思い会話する中、合気道を始めた動機を聞くと、『強くなりたいから。』と素直な言葉が出て来ました。 原点だと思います。 大人は何かにと適当な理由を言います。 でも、男であれば『強くなりたい』という動機が一番だと思います。 …

雨男から解放された今日

…の母のもとへ帰る度に雨であった。 最寄りの小坂井駅から母のいるグループホームまで歩いて15分ほど、途中ドラッグストアに寄り道をすると30分ほど歩く事もある。 雨の中は辛い、ずぶ濡れにもなった。 濡れるのも嫌だが歩きながらモノを考えることが出来ないのが辛い。 雨の日はひたすら歩く事しか考えられない。 この地方都市豊川では大阪の街中とは違い歩き目にするモノに心踊らせ考えたり、思い出すことは多い。 雨の中ひたすら歩く道中は辛さばかりであった。 今日の道のりは梅雨の雨のせいか緑は濃く…

山形からの便り

梅雨のこの時期の定期便です。 母の実家、山形県南陽市赤湯は山形県の南に位置する緑豊かなところです。 その名の通り温泉でも有名です。 当然水も空気もきれいです。 冬は雪が積もり、夏は暑く四季のメリハリがはっきりしています。 この土地で育まれる農作物が美味しくなるのは当然なのかも知れません。 しかしそれ以上に育てるおじさん達の努力は計り知れません。 子供を育てるのと変わらないかも知れません。 葡萄棚もサクランボの木も冬の雪下ろしをし、実が大きくなれば大雨、大風に気を揉み、まるで宮…

雨の日

今日は一日家にこもります。 雨でちょうどよかったです。 外に出る事のない家ネコになった二匹も雨の日は静かです。 朝メシを済ませてよく寝ています。 雨によって落ちる生産性もあれば逆に上がる生産性もありそうです。 ネコたちの寝顔を見ながら今日は久しぶりに生産性を高めたいと思います。

阿倍野の夜ばかりでなく

…ており、一般車両を目にすることはありません。 不思議な風景ですが、どこかで見たような気がします。 十八の歳、酒の味を覚えてしまった私は悪い友人に悪い酒を飲まされ、一人豊橋駅前に取り残されました。 気がつけば一台の車もいない豊橋駅前で雨に打たれて目が覚めました。 泣き出した空を見上げ私は胃液を路上にブチまけました。 思うに任せぬ人生に向けて嘔吐するように。 今日の朝の大阪駅はその時の空気にとてもよく似ていました。 考えればあの日から私の酔っ払い人生は始まっているように思います。

おしろい花

雨の中、おしろい花がその水滴を重そうに受けてうな垂れています。 以前母から聞いた話を思い出しました。 長く看護師をやっていた母はある時期大きな公立病院の精神科に勤務していました。 私は小学生低学年、半世紀も前のことです。 当時の精神科病棟は出入り口にも各窓にも鉄格子がはまっていました。 今では想像もつかない限られた人間しか入ることの出来ない閉鎖された病棟でした。 ここに何度か母に連れられて行きました。 母は私の偏見を無くしたかったようです。 もちろん子供なんかいません。 子供…

梅雨入り

関西もとうとう梅雨に入ったようです。 降らねば困る方も多く、回り回って私たちの生活に支障がでることも理解するのですが、なかなかこの雨をありがたいと感謝の気持ちにはなれません。 でもこれからしばらくは、腹をくくって雨の毎日を楽しんで梅雨の終わりを迎えたいです。 小学生の頃、教室にはもちろんクーラーなど無かったのですが、梅雨のベタつきなど気になることは無かったように記憶します。 子ども同士のこと、じゃれつき汗で湿った肌が私の腕に触れた感覚が残っています。 でもイヤだった記憶はあり…

小雨の夜

やはり世の中は人が作り上げているようだ。 もう二十年もなろうか付き合う方がいる。 初めて会った時一生の付き合いになりますね、と言った。 それから長い時間が流れ、これからの私の人生の何分の一かをこの人に捧げることとなった。 家族の介護を続け生きることは私の修行のように思っていた。 思うように人生はならないと思っていた。 しかし全てに意味があり、全ては繋がっているようである。 生きる意味など死んでもわからないと思っていたが、死ぬまでにはわかるような気がしてきている。 とりあえず死…

マーボな夜

一昨夕急な激しい雨に出会いずぶ濡れになりました。 ひさびさに風邪を引きました。 歳をつくづく感じます。 昨夜の夕食に麻婆風ナスを用意しました。 本格的な夏に向けてたくさんのナスビが店先に並んできます。 汗をかくくらいの辛さの麻婆ナスを食べたら風邪もどこかに行くかとの思いでした。 家庭料理です。 ナスビが美味しく口に入ればいいでしょう。 分量はいつも適当です。 昨晩は中くらいのナスビが5本、あとは豚ひき肉200gくらい、ニンニク、豆板醤、鶏がらスープの素、水50ccくらい、酒5…

愛知の空

…なかなか定着しない梅雨空に変わり濃い色の青空を途中のサービスエリアで見上げて思い出していました。 子どもの頃住んでいた社宅の隣に福井県からのご家族が転勤で引っ越しされてきました。 父のいた会社は福井県に本店があり、福井県出身の方がわりとたくさんいらっしゃいました。 私には生まれて初めて出会う福井県出身の皆さんでした。 その奥さんが母との会話で、豊川は福井の気候と違って冬でも毎日洗濯物が外で干せて、毎日布団干しも出来て福井県には帰りたくないと言っていました。 私は「へぇー、」と…

雨の外出

…た途端に小降りとなった。 でも、こんな格好で移動できるので雨も気にならない。 サラリーマン時代、梅雨の到来とともに毎年真剣に辞職を考えていた。 その頃から日本の気候風土はスーツネクタイ革靴は、合わないものだと思っていた。 クールビズなんてまだまだと思う。 もちろんTPOは考えなければならないが、開襟シャツとハーフパンツにサンダルばきで許されてもいい今の日本の気候だと思う。 その方がもっと生産性は向上すると思う。 今の私は早く来い来い梅雨よ来い、といった心境のこの頃である。 、